歴史好きが訪れるべきスポット~番外編 私の地元・津島~

最後に番外編として、私の地元である愛知県津島市の歴史スポットについてもご紹介したいと思います。
と言っても、地元以外の人にとっては津島市がどこにあるかもあまりよくわからないのではないでしょうか。地元から遠く離れた町で、どこから来たのか問われ「津島です」と答えてしまうと「えっ対馬?」と勘違いされることがほとんどです。なので、そういう質問には「愛知県です」と答えるようにしています。実は、面倒くさいときには「名古屋です」と答えてしまうこともあります。そんな津島市ですが、実際に名古屋からは近く、車で30分もかからないほどです。とはいえ、名古屋とは市境を接してはいません。名古屋の西隣があま市、その西が津島市です。津島市の西には愛西市があり、さらにその西には有名な木曽川や長良川が流れています。

津島市は古くから、津島神社の門前町として栄えました。「津島神社」という神社は全国いたるところにあると思いますが、津島市にあるものはそのすべてを束ねる総本社です。スサノオノミコトを祭神としていますが、以前は厄除けの神である牛頭天王も祀っていたことから、東海地方や東日本を中心に分社が数多くつくられ、信仰されたそうです。明治時代の廃仏毀釈の際に、牛頭天王は排斥されてしまったのですが、いまだに「津島の天王さま」と呼ばれることもあります。
牛頭天王は織田信長が信仰した祭神として有名で、織田氏の家紋である木瓜紋は津島神社神紋と同じです。

また津島市は、佐屋街道の宿場町でもありました。「佐屋街道」と言ってもあまり知られていないかもしれませんが、「東海道」は多くの方がご存知だと思います。東海道のなかでも熱田宿と桑名宿の間は、「七里の渡し」と呼ばれる海路を利用しなければなりませんでした。佐屋街道は、そんな海路を避けるための迂回路として盛んに利用されました。宿場町としての名前は「神守宿(かもりじゅく)」といい、津島市内には現在、佐屋街道では唯一現存する一里塚である「神守一里塚」をはじめ、「神守本陣跡」や「神守代官所跡」などがあります。

そんな歴史ある津島市ですが、昭和の鉄道開通が遅れてしまったことから、周囲の市町村と比較して発展が遅れてしまいました。それならそれで歴史的景観の保持に注力できればよかったのですが、マンションの乱開発がされてしまったことにより、門前町、宿場町としての風情も失われ、中途半端な状態になってしまっています。そんな状況に危機感を持ち、津島市を守り発展させようと様々なかたちで力を尽くしている人々がいるので、少し紹介します。

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